アレやコレやが書けないまま時間ばかりが過ぎていますが、近況報告ということで、先にお知らせしておきます。
10月6日には坂東観音霊場の納経帳を求めるべく、浅草は浅草寺へと出かけてきました。。
その後、新たに(とは言っても10年くらい経つらしい…)関東三十六不動霊場二十二番になった寿不動尊に・・・
こちらは人の良い若い住職さんが護っている鉄筋造りの現代寺院ですが、3〜4才くらいでしょうか、この親にしてこの子アリって感じの素直で元気なかわいい〜男の子も出迎えてくれます 笑
以前の二十二番は、浅草寺五重塔手前にある大行院というところでしたが、じつはここ御多分に洩れずって程に多くの方が良い印象を持たないお寺なのでアリマス。
ここの態度の悪い坊主には、皆さんが「はぁ〜?」ってな思いをもたれたことでしょうけど、事前に用意された差込の朱印も(合成スタンプインクのくせにケチって)薄く、しかも縁起でもない『薄墨』(正確には墨をケチったカスレ文字)で参拝日も記入しないという手の抜きようのくせに、、、
「不動霊場の御朱印を御願いします」というと『面倒くせーな』というアカラサマなお顔でドエライ対応をしてくれちゃいます。。
※関東三十六不動霊場の納経帳は、最初に表紙(でいいのかな?)だけを求めて、各寺院で戴く差込式の朱印を綴じていく形式になっています。
私メ行衣にも不動霊場の朱印をいただいているのですが(コレを着て阿字のふる里に還ります)、この大行院のクソ坊主メは、めんどくせー顔をしながら引っ手繰るように行衣を鷲掴みにして持って行き、朱印を捺したのはいいんだけど、「ほらよ!」ってな感じにポイと投げつけるように返してきましたよ。
これにはいくら穏やかな?私メもカチ〜ン!ですわ。。
ツレがいなかったら、胸ぐら掴んで2つ3つ殴っていたかもしません。。
(あのクソ野郎の態度にはマジでそのくらい頭にきましたねぇ)
大行院なんて名乗る寺の坊主がどんな厳しい行をしてきたんだかシリマセンけどイケマセンねぇ。。
私メ以外にも、こんなクソ寺(もとい、クソ坊主)は札所を辞めてもらって喜んでいる人も多いことでしょう。
(開山以降歴代の坊さんの顔に泥を塗るクソ坊主が破門になれば、札所のままでも良いと思いますがね 笑)
※ドコソコの札所は印象が良くないというオハナシはいろいろ聞きますが、各霊場会で何年かおきの審査なりクチコミ評判で、悪いところはどんどん替えちゃっても良いと思いますよ。
歴史がどうだとか、格がどうだとかより、巡礼さんそれぞれが思いを籠めてお参りしているんですから、参拝者目線で見ることも必要です。
あ、そうそう行衣に捺したクソ坊主の朱印は、その後1度の水行でスッカリ落ちてしまいましたよ。
新二十二番は別のところに新たに捺してもらったので、消えたところはそのまま怒り記念のために大行院の空欄となっておりますがね 爆
※もしも本人がこの記事を読むようなことがあって、何か正当な言い分があるのならいくらでも聴きましょう。
思い出すだけで未だに頭に血が上りますのでお相手しますよ。。
そ〜だ、、お宅にあるブロンズで珍しい賓頭盧さんみたいに頭を撫で撫でなんて良いかもですな 笑
※大行院の名誉のために追記しておきますが、当然全員がヌケサクなんかじゃないと思っていますヨ!
たまたま格子戸越しに応対するのがヤツの持ち場だから、皆が同じようにいや〜な思いをさせられてしまうんですよね? ね?
それから、浅草にはもう一軒、同じ不動さまを祀る真言宗・醍醐派の大行院(別名・不動院)さんがありますので、皆様お間違いのないように!
札所を外された浅草不動・宝光山・大行院は、今は浅草寺とは何の関係もない天台寺院(浅草寺は単立になってます)で、三宝荒神さんを祀る寺としても名が通っています。。
(荒神さんは厳しいんだけどなぁ・・・)

それから19日には、初体験の東京湾アクアラインで千葉入りして、まずは木更津の坂東三十番札所の平野山・高蔵寺/高倉観音へと。。(境内隣に熊野神社)

う〜ん、、ここはナンでしょう?
18日より1ヶ月間の御開帳ってことで、ご本尊(身の丈3.6mの大きな正観音立像)が拝めるのでアリマスが・・・
(普段は高床式の立派な本堂の下階より、足元から見上げる形で拝観できます)
ところがこの下階が・・・
拝観料の300円也を支払い入ってみますたが、、イケマセ〜ン!!
観音浄土地獄巡りとかなんとか書いてあったと記憶しておりますが、ナニヤラセンスの悪い古物商(古道具屋)的雰囲気(一部は秘宝館風味)で、中には江戸後期の百観音霊場の写し像他、ヨカ仏像もあるにはあるんですが。。。
気になる方は1度入ってみるといいかもですが、『2度と行くかい!』ってな気分にさせられること請け合いでアリマス 泣。。
寺のパンフを見れば、【スッキリした下階】で観音さんの足元からご尊顔が拝める善き時代の写真があるのですが、現在はスッカリ商業私物化されております。
300円の拝観料をいただく代わりのサービスなのかもですが、
『片付けなさい!』と言いたいっす。。
そして、一路長南にある三十一番の天台宗別格大本山の笠森観音へ・・・
(コチラにも山内に熊野神社アリ)

こちらは伝最澄作の本尊十一面観音さんですが、高倉の観音さんと似た感じのお顔をしておりました。
二世広重の浮世絵にも描かれているここの観音堂は、明治期に国宝に指定、昭和45年には国指定重要文化財になる小高い山に覆いかぶさる形で建つ日本で唯一の四方懸造りで一見の価値があります。。拝見料は100円
次は、笠森からいすみへと向かう途中の看板に釣られて行ってみた熊野の清水。。

由緒によると、全国に点在する弘法大師の湧水伝説に同じく巡錫でこの地に立ち寄った折、水で苦労する農民のために法力で出したという湧水で、室町時代より約100年間、鶴岡八幡宮直営の湯治場として栄え、湯谷(ゆや)と呼ばれたのが名の由来なんだそうです。
ってなことらしいですが、熊野と書いて「ゆや」と読むとは読んで字の如くってなことなのでアリマショウが、お大師さんより熊野の御師あたりが関係しているような気がするのでアリマスが・・・
まいっか。。
で、湧水地には小さい祠で熊野神社(中には不動さま石像安置)
上に登ると仏龍山・大聖院・龍動寺があり、そのまた上には三峯神社
(ここの三峯さんは、ミニチュアのお犬様が良い味だしてます)
実は、名水よりもナビに出ていたこの龍動寺という名前に誘われて、行った先が名水と同じ場所だったということなんですが、この湧き水はどんな日照りにも涸れる事がなかったということで、当時の住民は弘法大師の遺徳をたたえてその尊像をこの上の竜動寺に祀ったんだそうです。
(龍の天井画アリ)
そしてお次は13年ぶりの関東三十六不動霊場第三十四番、幸野山・宝勝院・聖王寺。 (通称・夷隅不動尊)

13年前の巡礼のときには、行衣と差込を御願いしたのですが、アレやコレやと話に花が咲き、行衣には朱印を捺したものの、差込には墨書のみで朱印を忘れてしまったのです 笑
そんなワケで改めて朱印だけを戴きに行ったワケなんですが、その前に不動堂で香を手向けてお勤めして納得です。
古くから大勢の方に拝み込まれた本尊なのでしょう。
堂内は澄んだ氣に満ち、2本に別れた煙がナニヤラな動きを・・・
(翌20日はオカンとアニキの命日ってこともあったかな…)
再訪して良かった〜っつーか、再訪することになっていたことを確認しました。
その旨住職さんに話すとニコニコしながらも、朱印を捺し忘れたことになんとも申し訳なさそうに、これまたアレやコレやに話のお花が・・・ 笑
改めて朱印と19日の日付を入れていただいて、お詫びのしるしとありがたい直筆の色紙【以慈修身】までいただきました。
そして坂東第三十二番、夷隅の音羽山・千手院・清水寺へ。

上総清水寺は、西国第十六番・京都清水寺、西国第二十五番・播磨清水寺とともに日本三清水寺の一つとされていて、伝教大師(最澄)が東国教化の旅に出ようとしていた延暦年間(782〜806)に霊夢に立った行叡居士に、京都清水寺の地を延鎮上人に譲った後、観音応現の霊地を求めて上総国に下ったことを告げられます。。
やがて旅に出た大師が諸国を巡って上総国に至った時、夜の広野に一人の樵が現れ、家に招かれて歓待を受けます。
しかし、朝になると樵の家はなく、、、熊野権現の社があるのみ。
(この辺りでは熊野権現大活躍です 笑)
周辺の風景が京の音羽山に似ているところから、行叡居士が霊夢で語った霊地に違いないと思い堂舎を建立すべく庵を結びますが、勅命によって帰洛し志を遂げることはできなかった。
大同二年(807)になって、慈覚大師が師の跡を慕って庵に住んで本尊千手観音像を刻み、さらに坂上田村麻呂が東征の途中で堂宇を建立したといわれる。
(夏でも涸れることのない本堂前の千尋の池が清水の寺号の由来)
仁王門を潜るとさらに入母屋造の楼門(四天門)がありますが、この辺の寺院では風神雷神を祀るところが多いのは土地柄なんでしょうか。。


四天門を潜ると、右には西国・坂東・秩父の写し本尊像が祀られる百体観音堂(供養のための赤穂四十七士像もアリ)、左には本堂手前なのに奥院堂があります。
この奥院堂は、文化11年に本堂の仮堂として建立されたものですが、現在は上総国八番札所として立派な四臂の十一面さんが祀られています。
(因みに本堂千手さんは、坂東三十二番とともに上総国七番札所でもあります)
で、お次はドコゾの○宮へと向かったワケですが、電話番号で検索したナビは何故か(わざと?)約1キロくらい手前の街道までの案内しかしません。。
ってなワケで、勘を頼りに路地を曲がり進んで行くと、見えました〜!の鳥居です。
(ドコゾのアソコは○○ブログで、やはり某ナンタラ繋がりを公表していましたね。。たぬき爺メが 爆)
鳥居脇に車を停めて確認すると、そのものズバリのロックオンです。

階段脇には水が染み出ていますが、削れたところを見ると、重なっているのは古代の地層でしょうか?ナニヤラ不思議な感じです。
思っていたより広い境内は清々しく、石の祠に○○さんを祀る高台の末社地は古代の祭祀場跡でしょうか?コチラもヨカ雰囲気。
神職さんは不在でしたが、時間的にもアレだし場所もわかったので、連絡をとらずにムフフなナニヤラは再訪のお楽しみとしました。
そんなこんなでコチラの散策を終えて車に乗り込むと、3時半です。
予定では、もうひとつの○宮を廻って浜でおやつにしようと思っていたのに〜!
ま、熊野の名水が飲めたからいいか〜ってことで、ソチラも次回のお楽しみにして、一路館山まで飛ばそうと幹線道路に出ると交差点には見慣れた文字が・・・
看板には【飯縄大権現→】と。。
あれれこれれのズバリそうでしょ〜♪
1度この目で見たかったアレがあるところやん!
ってなワケで寄りましたとも〜、、、その名もズバリ『飯縄寺』

室町様式で赴きある萱葺きの仁王門を潜り、『たのもう〜!』てことで、
拝観料300円也を納め住職さんに案内されてイヨイヨのご対面です。
現在修繕中の鐘楼堂から先は、玉垣で結界が張ってありますが、ココを入るとキテマスキテマス。。
扉の上には大天狗・小天狗面が懸けられていますが、この小天狗さん苦笑いを浮かべて、、「やっと来たな〜」みたいな 爆

堂内に入ると、他の飯縄さんのソレとはまた違う軽く澄んだ御神氣に満ちています。
畳の上には、当時の隆盛を誇る銅板造りで大きく『江戸講中』と入ったタタミ約2畳分の大きな賽銭箱。 (天保十一年五月、東都小伝馬上町の奉納)
見上げるとジャジャ〜ン! これぞ宮彫刻の最高傑作!!
(甚五郎さん贔屓の人でも、コレを見たらぶっ飛びますよ)

1797年(初代伊八45歳)作、鞍馬の天狗に教えを請う牛若の彫刻
(牛若丸修行の図)
左右2面には波と飛龍。 左は穏やかな波で右が荒波になりますが、関西方面の宮彫り師が声を揃えて、、
『東に行ったら伊八がいるから波を彫るな』と言わしめたほどの名工で、
波の伊八と称されています。
この彫刻を見れば、なにもスピ臭のプンプン漂う鞍馬山にいかずとも・・・ ってな感じですね 爆
(スピ抜きで鞍馬の天狗なり牛若がお好きな方にはお薦めですよ!)
また、平成の大修理の祭に見つかった墨絵の龍の天井画は、「雪山」の落款から、北斎の師匠である3代目堤等琳作ということですが、内陣には未だ未確認の作品があるそうです。
(北斎の富嶽三十六景・神奈川沖の浪裏は、伊八の影響を受けたことでも有名ですね)
この内陣、本尊は御厨子に祀られていますが、左右にも大天狗と小天狗を従える飯縄三尊があったような・・・
(格子越でよく見えませんでしたので、次回ご開帳には仕事を休んででも行きますヨ! 笑)
飯縄寺縁起では、大同三年(808)慈覚大師の開山、はじめ満蔵寺と号したが、鎌倉期に土岐氏が戸隠の飯縄権現を請来して御本尊に頂き、飯縄寺と改めた南総屈指の名刹。
また、家康から三大将軍家光まで仕えた慈眼大師(天海)ゆかりの寺でもあり、江戸初期には上野寛永寺直末となっています。
※同じ飯縄大権現を祀る高尾山薬王院は、院名の如く本尊は開山行基菩薩ゆかりの薬師如来ですが、その本尊より有名な不動化身の飯縄さんは、醍醐寺の俊源大徳(高尾山中興)が八千枚大護摩供を修した折に感得した守護神として祀られたもので、こちらの飯縄寺の御本尊は、直接勧請した(一説には背負ってきた)ものでアリマス。。
ドチラがどうとは申しませんし、多くも語りませんが、、、
一方は荼枳尼系の真言なのに対して、もう一方が天狗系の真言というところも面白いものでアリマス 謎笑
飯縄寺彫刻の写真はコチラで観られます。
写真共有サイト「フォト蔵」
http://photozou.jp/photo/slideshow/114677/363636?photo_id=7487241新・波の伊八美術館
http://ihachi.srv7.biz/ 
ってなワケで、思いがけなく予定外のお呼ばれで、スッカリいい気分に浸ってばかりはいられませんので、法楽をあげて飯縄つながりで行衣に御朱印をいただきましたが、もう時間も時間ってことで、太東崎灯台を見学して、食事と風呂のために一路館山に向けて走ります 笑
途中ナニゲにフラ〜ッと誘われて、鴨川駅近くの潮騒市場にある本物趣向の地魚回転寿司・丸藤に立ち寄りウマウマの房総名物ぶっかけ丼と焙りホタテを食し、今宵の風呂を探します。
丸藤
http://gourmet.walkerplus.com/136130243001/とか言っても、私メの中では佐依師匠ご紹介のとある風呂がヤタラ気になっていましたので、途中から外灯のまばらな暗い道をエッチラオッチラ進むと、安房神社を過ぎた辺りでしょうか、稲刈りの終わった田んぼにナニヤラな黄色い照明が無数に立ってます。(ハウスの中にもありました)
夜中の空港のような、、でいて謎のUFO発着基地のような・・・
まさか柵なしの深夜のドッグランなワケもなく・・・
幻想的でもある不思議なこの光景はナンでアリマショウ?
さらに暗い夜道(夕刻のはずなのにまるで夜中です)をズンドコ走ると、しばらくして看板がアリマシタ。
一か八か奥に入ると建物がアリマスが、中は薄暗く既に閉店ってな雰囲気です。
こりゃイカ〜ン!!
半ば諦めたものの覗いてみようと向かうと、自動ドアーが開きます。
『たのも〜!』ってな具合に声を掛けると、事務所におっちゃんがいました。
『もう終わっちゃった?』聞くと「風呂ですかい?」っと。
「風呂ならまだ大丈夫ですよ〜」ってなことで、聞けば20時受付終了で、21時まで入浴可能とのことです。
(夜半ほどに感じるこのときは、実はまだ7時20分)
本当はちゃんと紹介したいところなんですが、ちょいとアレなもんで・・・ 謎笑
おひとりさま600円也。。
サスガに月曜のこの時間なんでしょうか? 下足のロッカーも貴重品のロッカーもがら空きです。。
ってことは、、、
と中に入ると『おひとりさまごあんな〜い』ってな具合で貸切風呂です 爆
(ツレは女湯にひとり、私メは男湯にひとり)
ササッと流してマズは露天へと行くと、熊やら蛇やらが出てきそうな雰囲気ではアリマスが 笑
何故か急に強まってきた風のせいでしょうか、露天は少しぬるめですがマッタリと良い湯でアリマス。
内風呂は程よい熱さでジワ〜ッと疲れが癒されます。
成分は珪素ナンタラとか炭酸ナンタラとあり、湯も昇仙峡の川と同様茶色く色付いておりますので、表示はしてないけど、もしかしたらラドン風味かも?
(ラジウム鉱石のウラン235はドコゾで話題になっていて私メも注目しております)
ってなワケで、この湯はおそらく細胞から肉体のアセンチョンが成されるようでアリマスね 笑
じつはこの温泉、珍しい造りなので、写真を撮ろうと思ったんですが、カメラを忘れていたので、携帯をとりだすと充電不足で撮れませ〜ん!
ってなところで、お待ちかね?の都市伝説のハジマリなのでアリマスが・・・
露天から戻って内湯に浸かっているときから、ナニヤラなワケアリ風味のザワメキが聴こえています。
風呂場は受付の建物からは20mくらい?、入り口からは更に奥に10mくらい入った場所で、中には2人だけしかいないのは確認済みです。
私メ、のんきに新たな客人でも来たのかな〜くらいでナンも気にせず、ゆったりたっぷりの〜んびりっと浸かっていたワケですが、いつまで経っても誰もきません。
しかし、相も変わらずザワザワと言葉はわからないけど、感じとしては20人くらいがめいめいに何かを話している雰囲気です。
このとき不思議なことに私メは、なぜか露天へと繋がるガラス戸を「ガラガラピシャ!ガラガラ〜ピシャッ!と何度も開け閉めしていたんですが、ナニヤラが出入りしていたんでしょうかねぇ。。 笑
その後は普通に身体を洗ったり湯に浸かったりしていたんですが、ザワメキは一向にやみません。。
(以前にも行で籠もっているお堂の外でザワメキがするオハナシを書いていますが、わりとよく遭遇しますのでコレ自体は普通のことなんでしょう)
最後に露天で少し外で涼んでから内湯に浸かると、散らかった風呂桶とイス、ボディソープとシャンプー容器がヤタラ気になります。
全て片付けて、整頓されたのを眺めながら「コレでヨシ」と、もう一度湯に浸かって温まった後、脱衣所で着替えて入り口のところで涼んでいるとツレが出てきたんですが、その後風呂場からナニヤラな音が・・・
やはり入っているときから、ツレもあのザワメキが気になっていたそうで、ちょっとゾクゾクしていたそうな 笑
そんなこんなの話になって、湯上りのジュースを飲みながらカメラを持って再び行って見ると、「ナンタラの湯」の看板から先の雰囲気はまるで別物になっています。。
とりあえず奥に進んで、入り口とその先の扉前から通路の様子までは撮れましたが、通路の扉を境に強力な結界が張られているような感じでそれ以上は入れませ〜ん!
ここは閉館時間をすぎると、ナニヤラ様ご一行がのんびり風呂を楽しむ空間になっているのでしょうかねぇ。。
同類とみなされたのか・・・
「コイツラなら大丈夫」と、先ほどまで共に入浴していたのに、、、
一度出たらごめんねごめんね〜ってな感じで拒みます。。苦笑
つーか、、とても入れる雰囲気ではアリマセンわ。。。
ってなワケで、入り口からのアヤシイ写真を貼っておきますので、自己責任で観てくだされ。
(とか言っても、パソからのアクセスではまんま観えてしまいますが… ナニヤラがあったら風呂で塩もみと冷水浴でもしてね 笑)


さて、楽しい風呂を後にして帰路に着くべくナビを入れて再び夜半風味の道をひた走り、街にでると真新しい「里見の湯」なる温浴施設がアリマシタので、次回のために覗いてみると、スーパー銭湯の設備で、料金は1580円也。 食事もおみやげもあるけど、私メにはちょっと贅沢ですね。
で、その後ナビが再検索で案内するとおりに走っていると、何故か不審に思うところで有料道のインターを降りろと。。。
とりあえずおりてみると、、、
バッカぢゃ〜ん! 金谷港にでちまいますたよ!? 爆
もうフェリーなんぞあるかい!ってな時間だし、マッタク乗る気もアリマセ〜ン!
こりゃまた困ったもんだと近くのセブンに寄って買出しをすることに。。
時間をつぶす気はなかったんだけど、なぜか無性にアイスが喰いたい!
って気分で駐車場にて喰らいついていると、隣に置いてあった自転車のおっちゃん(土木作業員風)が店を出てからナニヤラやっております。。
見るとチェーンが外れた様子で、なかなかウマくいかないのか頑張っております。
気にはなるけど、アイスも気になる。。
ってことでムシャムシャ喰っていたワケなんですが・・・
ダメだ〜! ソレじゃいつになっても直らないっつーの!
ってなワケで、急いでアイスをやっつけて外に。。
たっぷりのオイルが付いたチェーンを間近に見ると、ダメだこりゃ〜なくらいにのび太くん。。
「おっちゃんコレじゃまたスグ外れっちまうから、自転車屋で詰めてもらいなね〜」っと、一応の修理をしました。 フ〜ッ。。
この後出発して暫く走ると、前方にさっきのおっちゃんが自転車を漕いでいます。意外と早いっす!
追い抜くと、何故でしょう??? またもやナビくんグルッと廻って戻します。。
すると、アレレコレレでおっちゃんはイズコへ?
う〜む、、、辺りは真っ暗で1本道の路地もなし・・・
鋸山にでも飛んでいったんでしょうかねぇ? 爆
消えたおっちゃんの正体やいかに!
ま、私メ実は「お試し」される身に覚えもアリマスが・・・
つーか、巡礼にアリガチなご利益の分かち合いだと思いたいのでアリマスが。。。謎苦笑
そんなこんなで楽しい金谷を後にするにはもうコレっきゃないってことで、ナビには【海ほたる】と入れて無事に帰路についたワケでアリマスが、途中GSがアリマセ〜ン!
ヒヤヒヤドキドキ、ドコまで持つか・・・ ドコで降りようか・・・ まだイケる。。もすこしイケる。。。
ってなワケで、様子を見ながらエコ運転で地元のスタンドまでなんとか走り、給油を終えて自宅に戻るとピタリ午前0時、オカンとアニキの命日となりました。。
あんたらオレにナニをさせたいのん? 苦笑。。。
で、、、一服してから寝に入ったワケなんですが、目を瞑ったとたん現れたのは、錫杖フリフリ心経エンドレスの私メの目の前を無表情で通り過ぎる無数の人々。。
中には手を合わせナニヤラ呟くような人もいましたかねぇ。。。
オイオイ! ってなことで何度も目をパチクリしてみても状況は変らず・・・
100人ではきかないくらいの行列を見送ったような雰囲気ではアリマスが、私メ寝ながらよくこんなことをさせられて?いますので、いつも寝疲れしています。。
たまにはゆっくり寝かせろよ 泣
そんなこんなの房州紀行でアリマスが、冬の間に2度3度と散策してきます。。
※お寺でポン♪カテゴリーを新設しました。。
(寺いぢりは敢えて別けませんけど 笑)